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「吾輩はメグ博」じゃ

・・・ここでチョット「コーヒーブレーク」たまたま書斎を???あさっていたらナナント1975年の「東京モーターショウ」VOL22「自動車ガイドブック」があったので懐かしいのと面白いのと是非皆さんにもお知らせしたくて今日から数回に亘ってご披露しよう・・・
 「戦後の日本人の生活史と車」ソレハネ
 第1回のモーターショウが東京日比谷公園で開催されたのが昭和29年のことであった、この年日本の自動車生産台数が僅かに7万台/年当時アメリカの700万台に比べて実に100分の1すぎず同年末における我が国の保有台数4輪合計で43万台そのうち乗用車は僅かに14万台、現在(’75のことですよ~)人口千人当たりの乗用車比率が全国都道府県の最低の長崎県(千人当たり97,5台)最下位から2番目の青森県(千人当たり99,6台)でさえ、14万4000台(昭和49年12月)と言うとこだったのじゃ、であるから日本で第1回のモーターショーが行われた昭和29年には、長崎県の台数を全国にばらまいたような状況であっのである。
 ちなみに昭和29年の主要国の保有台数は
 ①アメリカ 6,300万台 一人当たり国民所得1,900ドル
 ②イギリス   490万台 一人当たり国民所得  800ドル
 ③フランス   370万台 一人当たり国民所得  600ドル
 日本とは、ダイブン離れていたのだがじゃ、昭和29年当時誰が現在の発展を予測できたか?昭和49年の我が国の自動車生産台数は20年前に比して約100倍の増加じゃ、しかも、海外に輸出外貨を44億ドルも獲得したのであるエヘンじゃ・・・
 もうこの時にはアメリカに次ぐ世界第2位の自動車生産国になりフランス・西ドイツ・カナダを抑え間も無くアメリカを抑え世界首位の座を獲得したのである~
 第1回東京モーターショウ-が29年に始まり、39年には10倍の500万台保有昭和47年にはついに2000台を突破するに至ったのでありますじゃ、第21回に及ぶモーターショウー(当時は毎年開催今は隔年)の歴史が、即ち戦後日本の歴史であったのじゃ。
 これらは有名な学習院大学教授香山先生のお言葉であった。
少し当時の各社のクルマをご覧にいれようかな?もうじかん明日写真入れますヨン~
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日産チェリーF-Ⅱ1400ccクーペGX.L
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日産ローレルハードトップ2800ccSGL
日産スカイラインハードトップ2000GTX-E
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日産セドリック4ドアハードトップ2800ccSGL

by hyogomeguro | 2010-07-06 17:55